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私にはまだその資格がない

にこちゃんが病気になってから
「闘病」している犬のブログを見るようになったのだが
その時点でもずいぶん前から闘病していたTちゃんが先日帰天した(涙)

動くぬいぐるみのような可愛い子で
はかなげな小さな姿からは想像もできないけれど
良い意味での図太さがあり
強い生命力と闘病に耐える大きな意志を持っていた
なぜそれほどがんばれるのか
どこからその力が湧き出てくるのか
毎日毎日驚きと感動を覚え勇気をもらっていた

にこちゃんがどんな姿になっても
ずっとずっとそばにいてほしいとの思いで
目が見えなくなっても
耳が聞こえなくなっても
歩けなくなっても
自分でご飯が食べられなくなっても
おむつになっても
介護する覚悟はあったつもりだったけれど
長い介護は気持ちや覚悟だけでは勤まらないのが現実

ぐた太くんのてんかん発作の記録をつけたノートに
ある日黒の太いマジックで「限界」と書いたのを見つけてショックだった
自分で書いたことも忘れていた

にこちゃんが病気になってから
自分がちょっと風邪気味になった時も一瞬限界を感じたけれど
すぐに治ったのでその気持ちはなかったことにした

天は乗り越えられる課題しか与えない
神様は試す真似をする必要がないと思っているのであえて「試練」ではなく「課題」と書きます。。。。。

そんなこんなを考えると
私にはまだ長期介護の資格がないのだなぁと思った
私の気力・体力・精神力そのほか何かの要素がそのレベルに達していないから
まだちょっとしかさせてもらえないのだと思った

あと10回くらい人生を繰り返してもそのレベルに辿り付けるのか甚だ疑問だ
100回くらいだったら行けるかもだけれど。。。。その時はたして地球はあるのかっっっ(汗)


斎藤ひとりさんの著書に
知的障害の子は魂の修行レベルが最終段階にあり純粋な「愛」そのものの存在で
その子の親もそれ以上に愛に溢れた人なのだと書いてあったことが
ずっと心に深く残っている

私の魂の修行レベルがまだまだ下位レベルなのは自覚しているが
それだからにこちゃんが長生きできなかったわけではなく
にこちゃんは私に「愛」と「感謝」を教え
私のレベルに合わせた「死生観」を持って
私のもとへ贈られてきたのだと都合よく考えたいっっっ

Tちゃんを看護しつづけた方には
Tちゃんの強靭な生命力を支えるだけの
愛と精神力と気力と体力その他諸々の諸条件が備わっていて
Tちゃんと2人で心と力を合わせて闘病しながらも17歳という天寿を全うできたのだと思う
どちらか一方が力不足であればなしえないことだろう

本当に2人の健闘ぶりには敬服に堪えない
安易に安楽死を選択する外国の愛犬家にこの2人の姿をぜひ見てもらいたいよ。。。
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健康で長生きしてくれるのが理想だけれども
それは精神的には苦痛のないある意味簡単なこと


病にあると不安や苦労も多いが
だからこそ毎日に喜びと感謝が増えるのも事実だ

本当のところは1日の区切りなんてあるようでなくなってしまうのだが
新しい1日を迎えられること
朝を一緒に迎えられたことが嬉しい
なんとか無事に1日を乗り越え夜眠りにつけることに感謝
(朝までぐっすりってわけにはいかないんだけれど。。。。)
一口ご飯を食べてくれるごとに嬉しくて
歩いてくれるその一歩一歩に感謝の念がわく
そんな日々を繰り返すうちに魂のレベルがまた一段上の高みにのぼっていくのだろう

そして私はそんなことを繰り返すうちにいつか疲弊して
この子と一緒に私も死んじゃいたいと思うようになってしまう弱さがあるから
そこに行きつく前に終了となってしまうのだと思う

能力に応じたところで精一杯頑張っても今は数か月どまり。。。。
安穏な道を選んでいたら何回転生してもそのままなのだろう
心折れてもすぐに回復する力がいつか備われば
もしかしたらTちゃんのような天使が私の元に贈られるのかもしれない


犬の姿の天使に導かれながらこの先もずうっと魂の修行をし続けて
1段1段次のステップを上っていけたらいいなぁ。。。。。
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    Mr.Gutley より大きい子はいるかな??







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